廃業寸前からの這い上がり-共栄化学工業(過去編)

アクリル加工業の共栄化学工業(大阪府八尾市山賀正町4-63)へのインタビューを取りに伺いました。
インタビューに応えていただいたのは
代表取締役・稲垣圭悟氏です。
 
今回、思いのほかボリュームのある取材となりましたので
3部に分けて掲載します。
 
今回は過去編として、共栄化学工業のトップブログの内容を一部抜粋してお送りします。

 
 

誰にでも起こりえること…


創業当初、共栄化学工業は樹脂メーカーとして
アクリルなどの平板の再生加工業を事業としていました。
 
その後、アクリル板、塩化ビニール板などを
機械加工、手加工で製品を作る事業へと変え
長らく製造業として経営していました。
 
それから数十年がたったある日、
共栄化学工業は赤字経営、廃業にまで追い込まれる
事態となったのです。
 
 

日本全体がそうであったように…


当時、共栄化学工業は、売り上げの8割を
某1社から依存した形で経営されていました。
 
毎日、その会社からの注文FAXを処理するだけで
売り上げが成り立っていました。
 
しかし、バブル崩壊後、日本全体が不景気となり
注文を受けていた某1社の仕事、社員も減り、
120人ほどいたのが60人まで減少していました。
 
共栄化学工業も、売り上げ8割依存だったため、
連鎖的に売り上げは落ち込み、毎月赤字となりました。
 
全盛期に比べ、注文は10分の1以下まで落ち込み、
共栄化学工業もリストラを決意。
嫌気をさした社員が自ら辞めるなどの混乱もあり
社員数は半分まで減り、
結果、残った社員は4人となりました。
 
注文を受けていた某1社も経営不振が続き倒産。
 
そんななか共栄化学工業は、生き残りをかけて
当時としては、まだ、真新しい世界
インターネットに活路を見出すのです。
 
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